霧の中を歩く。性犯罪加害、天涯孤独、その果てに願う「ひとりの平穏」──隼人さんの独白

編集部注(重要):この記事には性犯罪の加害、自傷・希死念慮、精神医療に関する記述が含まれます。読み進めることで精神的な苦痛を感じる可能性がある場合は、無理をせず閲覧を控えてください。また、現在深刻な悩みを抱えている方、支援が必要な方は、以下の窓口や医療機関へご相談ください。

  • 救急通報:119(日本の救急)
  • よりそいホットライン(一般社団法人 社会的包摂サポートセンター)
  • 地域の精神保健福祉センター、または精神科・心療内科

冬の寒さが残る、3月の午後3時30分。うっすらとオレンジ色に染まり始めた日射しが人気のない公園のベンチをそっと撫で、長く淡い影を落としていた。くたびれたパーカー姿で現れ、ベンチに浅く腰をかけた隼人さん(仮名・40歳)は、一度もこちらを見ずに、それでも淀みのない静かな声で語り始めた。

隼人さんは、過去に公然わいせつなどの罪で有罪判決を受け、懲役を経験しています。露出行為を繰り返し、何度も逮捕・勾留され、懲役刑に服してきました。社会から見れば、忌むべき対象であり、遠ざけるべき存在かもしれません。しかし、彼が抱える「加害の衝動」の裏側には、誰にも触れられぬまま腐敗していった、あまりに深い孤独の歴史がありました。これは、濃い霧の中で出口を探し続ける一人の男が、自らの罪と病、そして「生」という重荷と向き合うための、血を吐くような独白の記録です。


【ロングインタビュー】霧の中を歩く——繰り返す露出行為、天涯孤独の果てに願う「ひとりの平穏」

隼人さん(仮名・40歳)
20代から露出行為を繰り返し、複数回の逮捕・服役を経験。精神科で「パラフィリック障害」と診断される。現在は専門外来で治療を続けながら、清掃員として自活。家族とは絶縁しており、希死念慮と向き合いながら「加害をやめること」だけを唯一の目的として生きている。

繰り返される「暗い衝動」と、終わらない法的手続きの渦

聞き手(以下、編): 隼人さん、今日はお越しいただきありがとうございます。非常に話しにくい内容も含まれると思いますが、今の隼人さんの「真実」を聞かせてください。

隼人さん: ……はい。僕のような人間が、こうしてメディアで話すことが正しいのかは分かりません。でも、自分がどうしてこうなってしまったのか、これからどう生きていけばいいのか。それを言葉にすることは、誰かを傷つけることを防ぐための、自分なりの「最後のブレーキ」だと思っています。

隼人さんは、20代の頃から公共の場での露出行為を繰り返してきました。一度や二度の過ちではありません。逮捕され、警察署の冷たい留置場で捜査段階の「勾留」を受け、検察に起訴され、法廷で有罪判決を受ける。そして、刑務所での「懲役」という実刑を経験する。そのサイクルを何度も繰り返してきました。

編: 刑を終えて出てきた時、どのような思いがあったのでしょうか。

隼人さん: 毎回、今度こそはと自分を信じようとするんです。でも、社会に戻った瞬間に襲ってくる絶望感に耐えられない。自分の行為が何なのかさえ分からなくなる瞬間があり、気づいた時には警察官に囲まれている。その後に残るのは、喉元までせり上がるような羞恥心と、救いようのない後悔だけでした。

編: 精神科での診断を受けたのは、いつ頃ですか?

隼人さん: 3度目の逮捕の後です。DSM-5の概念に対応する『パラフィリック障害(性に関する嗜好の障害)』と診断されました。医学的な名前がついたことは、自分にとって救いでもあり、恐怖でもありました。「自分は病気だから仕方がなかった」と逃げるのではなく、これは治療が必要な、自分の一部なのだと突きつけられたからです。


失踪した母、いじめ、パワハラ。孤独が「加害」へと変質した日

なぜ、彼は露出という行為に走ったのか。その背景を探ることは、決して加害を正当化するためではありません。しかし、そこには無視できない「心の欠損」がありました。

隼人さん: 小学校の低学年の時でした。ある日学校から帰ると、母がいなくなっていたんです。何の説明もありませんでした。解体業に従事していた父は仕事に疲れ果てていて、酒を飲み、暴力をふるうような人間です。僕を育てる余裕なんてなかった。兄弟はいません。家の中で僕は「透明人間」のように過ごしました。父の機嫌を損ねないよう、呼吸さえ静かにしていた。

編:お母様のご記憶は?

隼人さん:母はいつも何かに怯えていて、父からの暴力に無抵抗でした。無口な人で、荒れ果てた部屋で、「全部私が悪いの。ごめんなさいね」と父をかばいます。しかし、彼女から愛情を感じたことはありません。僕が父から肉体的・精神的な攻撃を受けていても、「父はああいう人だから仕方ない」と言って助けてくれることはありません。彼女はすでに心の均衡を保てなくなっていたのかもしれません。

編: 学校での生活はどうでしたか?

隼人さん: いじめの標的でした。風呂に入らせてもらえない日もありましたし、不潔だ、暗い、と言われて。勉強は全くできませんでした。学業についていけず、進学を諦めました。中学を卒業してすぐに工場で働き始めましたが、そこでのパワハラは……今思い出しても怒りと絶望で手が震えます。避けられないミス。上司から日常的に理不尽な罵声を浴びせられ、時には暴力もありました。「自分は仕事ができない人間なんだ」「自分は誰からも尊重されない」そう思いました。「自分はゴミなのだ」と考えるようになるには、多くの時間を要しませんでした。

編: その積み重なりが、露出行為へと結びついていったと。

隼人さん: いじめられてもやり返せないような人間です。誰かに暴力で復讐する勇気はありませんでした。でも、「自分を見て驚く誰か」を見た時だけ、自分が世界に存在しているような、歪んだ万能感を感じてしまったんです。自分が受けた痛みを、形を変えて、全く関係のない誰かに押し付けていた。最低なやり方だった。でもそのときは気付かない、自分というものを失っているから。母は今もどこにいるか分からず、最初の逮捕の時、父から「二度と顔を見せるな」と縁を切られました。僕は今、この広い世界にたった一人です。


専門外来での治療。「傷つけてやりたい」という衝動との対峙

現在、隼人さんは精神科の専門外来に通い、集団療法、認知行動療法(CBT)、そして薬物療法を組み合わせた治療を続けています。ここで学ぶのは、衝動を止めるための具体的手法と、被害者の受ける心理的影響を理解することです。自分が被害者に与えた心理的な傷の深さを直視し、衝動が湧き上がった際の代替行動を文字通り「訓練」する日々です。

編: グループ療法では、他の加害者とも対面するのですよね。

隼人さん: 最初は吐き気がしました。鏡を見せられているようで。でも、他の人の話を聞く中で、自分の思考の歪みが少しずつ客観的に見えるようになってきた。衝動が湧き上がる「予兆」を察知し、それをどうやって逸らすか。今もまだ、他人の顔を見ることはできていません。他人を見たいと思わない。ただ、毎日が自分との戦いという事実だけがあるのです。

編: 今日にいたる事前のやり取りでは、「相手の心に深い傷をつけてやりたいと感じることもある」という、非常に衝撃的な独白がありました。

隼人さん: ……はい。正直に言わなければなりません。僕の中には、自分をいじめた奴ら、パワハラをした上司、自分を捨てた親、そのすべてに対する復讐心が、真っ黒な澱のように溜まっています。だから、「誰かを自分と同じように傷つけてやりたい」という醜い感情が湧くことがあります。でも、その感情を認めた上で、どうやって行動に移さないか。それが今の治療の核心です。


都会の匿名性と、地方の詮索。「逮捕されると一人ではなくなる」という逆説

隼人さんは、地方での暮らしを試みたが、地域コミュニティの視線が強く感じられ、自分の過去が伝わることを恐れて続かなかったと振り返る。

隼人さん: 僕が生まれ育ったのは、典型的な郊外で、住宅が密集するところです。「誰も自分のことを知らない場所に行きたい」そんな思いから地方に居を構えたこともあります。しかし、僕が得たのは失意だけでした。田舎の人間は、他人がどんな人間かを病的なまでに詮索します。どこから来たのか、なぜ定職についていないのか、過去に何があったのか。親や恋人、結婚しているのか・なぜしないのかなど、無遠慮に聞いてきます。その視線に耐えられなかった。一方で都会は匿名性がありますが、刺激が多く、再犯の引き金が至る所に落ちている。どこにいても、生きた心地がしません。

編: 「逮捕されると一人ではなくなる」という言葉の意味を教えてください。

隼人さん: 勾留されている間は、常に看守の監視下にあります。管理され、指示され、自分の意志を奪われる。でも、その「他者に管理されている状態」に、歪な救いを感じてしまう瞬間があるんです。誰にも見向きもされない都会の孤独より、監視されている方がマシだと感じてしまう。自分が犯罪を犯すと、強制的に「誰かとの繋がり(管理)」が発生する。その依存性が、一番恐ろしいんです。


泥酔という名のシェルター。麻痺させることでしか保てない「均衡」

隼人さんの毎日は、消えたいという願い(希死念慮)との戦いでもあります。その衝動が防波堤を越えそうになった時、彼は自らを麻痺させるために、極めて危険な「聖域」へと逃げ込みます。そこには、幼少期から続く負の連鎖がありました。

隼人さん: 父は酒を飲んでは暴れる人でした。母がいなくなった後、父が酔って家の中をめちゃくちゃにする姿を、僕は隅っこで震えながら見ていた。だから、酒の恐ろしさは誰よりも知っていたはずなんです。でも、気づけば僕も、同じ道を辿っていました。

編: 初めてお酒に依存するようになったのは、いつ頃のことでしょうか。

隼人さん: 10代の頃、中学を出てすぐに働き始めた工場です。毎日毎日、人間扱いされないような罵声を浴びせられ、体も心もボロボロだった。夜、安アパートに帰っても、昼間の上司の顔や怒鳴り声が頭から離れなくて、眠れないんです。そんな時、コンビニで買った安酒を喉に流し込んだら……驚くほど楽になった。

隼人さんは、当時の感覚を「世界が切り替わる瞬間」だったと回想します。

隼人さん: 酒を飲むと、僕の後ろにある暗い過去や、消えない後悔、惨めな感情が、霧がかかったようにぼんやりとしてくるんです。それと同時に、明日への不安も消えていく。視界が狭まって、ただ『今、この瞬間』だけに、くっきりと集中できるようになる。何も考えなくていい。ただ泥酔という洪水の中にいる自分しかいない。その数時間だけが、僕がこの世界で唯一、安全でいられるシェルターでした。

編: だから、今でも耐えられなくなると一気飲みをしてしまうのですね。

隼人さん: はい。安い4リットルペットボトルの25度の焼酎。それを、脳を殴りつけるような勢いで流し込みます。そうやって自分を機能停止させないと、自分の犯した罪や、誰にも必要とされていない今の現実を直視できない。そのまま死んでしまいそうになるから。僕にとって酒は、死ぬための道具ではなく、死なないために自分を殺す道具なんです。

【編集部より重要なお知らせ:セルフメディケーションの危険性】
隼人さんのように、耐え難い精神的苦痛を和らげるために物質(アルコール等)に頼る行為は、医学的に「セルフメディケーション(自己治療)」と呼ばれることがありますが、これは依存症を悪化させ、脳や体を破壊する極めて危険な行為です。
隼人さんのケースでは、現在、専門の医療チームが「なぜ酒を飲まざるを得ないのか」という背景にあるトラウマや心の空洞を重視し、飲酒行動への介入を行っています。抗酒薬や漢方の処方、またアルコールに頼らないストレス対処法(コーピング)の習得、必要に応じた入院治療の検討も進められています。もしあなたが「飲まないと正気でいられない」と感じているなら、それは心が限界を超えているサインです。どうか、独りで飲み干す前に、専門の医療機関や依存症支援センターへ連絡してください。


自衛という幻想。加害を止める唯一の手段は「僕が孤独になること」

性犯罪のニュースが流れるたび、世間では「女性は夜道を歩かないように」「露出の多い服を控えるように」といった自衛の策が語られます。しかし、何度も加害を繰り返してきた隼人さんは、そうした言説を「全く無意味なこと」と切り捨てます。その言葉は、冷酷であると同時に、被害者には何の落ち度もないという真実を浮き彫りにします。

編: 世の中には「こうすれば被害に遭わない」というアドバイスが溢れています。加害の衝動を抱えてきた立場から見て、それらはどのように映っていますか?

隼人さん: 多くの加害者の手記や女性向けの防犯マニュアルには、『女性はこう自衛すべきだ』『こうすれば加害されなくて済む』といったことが書かれていますよね。でも、はっきり言います。女性がどれほど自衛しても、僕らのような人間からすれば無意味です。むしろ、相手の『自衛』は、ある種のゲームのようにすら感じてしまうから。

編: ゲーム、ですか。

隼人さん: どう攻略すればその自衛を突破できるか。隙を見つけ、壁を乗り越える。そこに歪んだ喜びを感じてしまうんです。だから、被害者のせいにしたり、落ち度を探したりするのは、加害する側が後からつける『言い訳』に過ぎません。最初から、被害者側にできることなんて、何一つないんです。

隼人さんの言葉は、防犯の責任を被害者に押し付ける社会のあり方を根底から覆します。では、どうすれば悲劇は止められるのか。彼はその答えを、自身の「断絶」に見出していました。

隼人さん: 加害を根本から食い止めるには、加害者側が『他者との親密な関係を拒絶する』『ただ孤独に耐えていく』ことしかありません。加害者が自ら他人を避け、社会との接点を遮断する。それ以外に、確実な方法はないんです。

編: それは、加害者自身が背負うべき「コスト」だと。

隼人さん: そうです。性暴力に遭わないために、女性たちが怯えながら自由を制限し、多大なコストを払って生きる。それと比べれば、僕が『社会との関係を断ち、孤独になる』というコストを支払う方が、はるかに軽いはずです。加害者側がその重荷を引き受けること。それが、この霧の中から誰かを、そして自分を救い出す唯一の道なんです。

隼人さんは、淡々と、しかし自分に言い聞かせるように言葉を紡ぎます。それは、彼が選んだ「ひとりのレッスン」の、最も過酷で誠実な一面でした。

【編集部の視点:責任の所在について】
性暴力の責任は、100%加害者の側にあります。隼人さんの言葉にある「自衛のゲーム化」という事実は、被害者の努力で防げるという言説がいかに危ういかを物語っています。加害者が自らの問題を直視し、社会から物理的・心理的に距離を置くという「孤独のコスト」を支払うこと。この非対称な責任の取り方にこそ、再犯防止の真実が隠されているのかもしれません。


救済としての「断絶」。愛も結婚もいらないと決めた理由

インタビューの終盤、私は隼人さんに、これからの人生における「他者」との可能性について尋ねました。世間ではよく「誰かの支えがあれば更生できる」「愛が人を救う」と語られますが、彼の答えは、それらを静かに、しかし断固として拒絶するものでした。

編: 隼人さんはまだ40歳です。この先、誰かとパートナーになったり、温かな家庭を築いたりしたいという希望を持つことはありませんか?

隼人さん: ……いいえ。全くありません。結婚や恋愛、あるいは『愛』と呼ばれるものは、人が作って人が行っているだけの、怠惰で、僕が工場で毎日同じ部品を組み込んでいた作業のようなものですよね。それは僕にとって、救いにはなり得ません。

編: 救いには、ならない。

隼人さん: 僕にとって、人と深く関わるということは、すなわち『恐怖』であり『苦しみ』そのものなんです。関係を持てば、必ず期待が生まれ、裏切りが生まれ、自分の醜い部分が顔を出す。そしてまた誰かを傷つけ、自分も壊れていく。その連鎖が目に見えているんです。世間が言う幸せの形に自分を当てはめようとすることは、僕にとってはすり寄ってくる野良猫に「可愛らしい」と思いながら、「こいつらはただ餌が欲しいだけなんだ」という怒り・憎しみを向けるくらい恐ろしいことなのです。

編: 「ひとり」でいることこそが、隼人さんにとっての正解、ということでしょうか。

隼人さん: 正解というより、それしか道がないんです。僕は今まで、自分はゴミなんだと思ってきました。いじめを受けた小中学校、パワハラを受けた工場、罪を犯し、逮捕され、散らかったアパートに帰る度、「自分はゴミだ」と思ってきました。僕は自分という人間を信じていないし、そんな僕が誰かの人生に関わる資格はありません。誰とも関わらず、誰の視界にも入らず、ただ静かにその日一日を終える。ひとりでいられた日は、胸をなでおろします。今日も誰も傷つけなかった、誰も僕を詮索しなかったと。その安堵感の積み重ねだけが、僕にとっての唯一の『平穏』なんです。

隼人さんは、現在の清掃員の仕事について「誰も見ていない早朝に、ひたすら施設をきれいにする作業が、自分の心を洗う儀式のようになっている」と話してくれました。そして、いつか自分という「ゴミ」が社会から消え去る日が来るんだという希望になっているとも。単調な動作の繰り返しが、彼の荒れ狂う内面を一時的に静めてくれているのかもしれません。

隼人さん: 霧の中で迷子になっているような人生ですが、霧の中なら、誰とも目を合わせずに済みます。この孤独は僕が選んだ罰であり、同時に僕を守ってくれる唯一の防御壁でもあるんです。これから先も、誰とも深く関わることはないと決めています。それが、僕がこの世界に対してできる、精一杯の誠実さだと思っていますから。


編集部後記

隼人さんの話を聞き終えた後、私たちの間に流れたのは、重く、沈み込むような沈黙でした。彼の犯した罪は決して許されるものではなく、被害に遭われた方の痛みは消えることがありません。そのことを大前提とした上で、私たちは「隼人さんの孤独」という問題から目を逸らしてはならないと感じました。

「ひとりでいること」が、これほどまでに切実な戦いである人がいます。彼にとっての『ひとりのレッスン』は、自由を享受するためではなく、加害を食い止めるための、命懸けの規律でした。深い霧の中で、一歩でも間違えれば崖から落ちるような日々。その中で、彼が今日も一滴の酒を煽るのではなく、静かに箒を握り、誰とも関わらずに一日を終えることを願って止みません。

(編集部/ひとりのレッスン)

この記事を読まれて、お辛い気持ちを抱えられている方へ

『ひとりのレッスン』では、個人の深い孤独や葛藤を取り上げていますが、それは過去の加害行為を正当化するものではありません。もしこの記事に触れて、過去の経験を思い出したり、心が苦しくなったりした場合は、一人で抱え込まずに専門の相談窓口を頼ってください。

  • 性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター
    短縮ダイヤル:#8891(全国共通)
  • 性暴力救援センター・SARC東京
    電話:03-5577-3899
  • こころの健康相談統一ダイヤル
    電話:0570-064-556
ひとりのレッスン

ひとりのレッスン編集部

「ひとり」は弱さではない。 けれど、弱さでもいい。 人生の午後を歩む、40代・50代のあなたへ。

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