「逆セクハラ」で失ったキャリアと家族。42歳男性が辿り着いた、孤独と再生の記録

4月上旬、都内のカフェ。窓の外では、満開を過ぎた桜が風に舞い、歩道を淡いピンク色に染めている。午後の柔らかな光が差し込む店内で、私の向かいに座る徹さん(42歳・仮名)は、静かにコーヒーを啜っていた。

一目見て、その端正な顔立ちに驚かされた。42歳という実年齢よりもずっと若く見え、お世辞にもオシャレとはいえないいでたちであるのに、佇まいに“華”があるのだ。落ち着いた物腰と、どこか憂いを帯びた眼差し。「俳優をしています」と言われても、おそらく誰も疑わないだろう。

しかし、彼の経歴はそれとは対照的に、極めて実務的で硬派なものだ。現在は大手食品メーカーでカスタマーエクスペリエンス(CX)チームリーダーを務める、百戦錬磨のマネージャーである。

「見た目だけで判断されることの怖さは、嫌というほど味わってきましたから」

徹さんは自嘲気味に、しかし穏やかに笑う。

かつて彼が、嘱望されたIT企業のキャリアを絶たれ、最愛の家族まで失うことになった原因。それは、部下の女性社員から受けた、執拗なセクシャルハラスメントだった。

男性が被害者になるセクハラ。それは現代社会において、いまだに「冗談」や「贅沢な悩み」として片付けられがちな、孤独な戦いである。徹さんの語る言葉から、その深すぎる傷跡と、そこからの静かな再生の物語を紐解いていく。


20代で積んだ現場経験と、急成長IT企業への転職

徹さんのキャリアは、常に「組織の立て直し」と共にあった。20代の頃から、複数の企業でコールセンターの立ち上げや、赤字続きの不採算部門を黒字化させるという、泥臭くも成果の問われる現場に身を置いてきた。

組織の「立て直し屋」として期待された、30代の絶頂期

聞き手(以下・編):徹さんのこれまでのキャリアを拝見すると、非常に華やかというか、常にリーダーとして期待されてきた印象を受けます。

徹さん(42歳・仮名):(苦笑しながら)華やかとは程遠いですよ。20代の頃は、毎日が戦場でした。混乱した組織に入って、オペレーションを整え、スタッフの意識を変えていく。不平不満が渦巻く現場を、数字が出る組織に作り変えるのは、体力も精神も削られます。でも、それが自分の役割だと思っていましたし、結果が出た時の達成感は代えがたいものでした。

編:そうした実績が評価されて、30歳の時にIT企業へヘッドハンティングされたのですね。

徹さん:はい。当時、急成長していたIT企業から「カスタマーサポート部門の組織基盤を固めてほしい」と声をかけていただきました。そこでも無我夢中で働きましたね。33歳でセンター長を任され、数百人のスタッフを統括する立場になりました。会社からも「次代の役員候補」として扱われていたように思いますし、私自身も、この会社で骨を埋めるつもりでいました。

編:まさに、仕事もプライベートも順風満帆だった時期ですね。

徹さん:そうですね。当時は結婚して数年、1歳になる息子もいました。仕事は責任が重く忙しかったですが、家に帰れば愛する家族がいる。自分が頑張ることで家族を守れる、その手応えを噛みしめていました。あの頃の自分に、これから起きることを教えてあげられたら……と思うこともありますが、当時は自分の能力を過信していたのかもしれません。


歯車の狂い——新卒社員・良子さんとの出会い

編:すべてが変わるきっかけとなったのは、35歳の時のことだったとお聞きしました。

徹さん:はい。その年の春、新卒社員として入社してきたのが良子さん(22歳・仮名)でした。彼女は第一印象から非常に活発で、明るい性格でした。ただ、組織人としては少し危うい部分も目立っていました。

編:危うい、というのは具体的にどういった点でしょうか。

徹さん:まず、業務中の私語が非常に多い。周囲が仕事に集中している中でも、自分の話したいことを大きな声で話し続けてしまうんです。また、自己主張が極めて強く、上司のアドバイスに対しても「私はこう思うから」と突っぱねてしまうことが多々ありました。私の目からは、まだ「学生気分が抜けていないな」という見立てでした。

編:センター長である徹さんとしては、彼女を「教育すべき対象」として見ていたわけですね。

徹さん:当然です。センターには3カ月に一度の個人面談がありました。私は彼女のキャリア形成のために、時には厳しく、時には親身に相談に乗っていました。彼女が組織に馴染めず、周囲から浮いてしまうのを防ぎたかった。それが上司としての責任だと思っていましたから。でも、その「親身さ」が、彼女の中では別の意味に変換されていたようです。


最初の違和感。「一人の男性として好きです」という告白

編:二度目の個人面談の際、異変が起きたのですね。

徹さん:今でも鮮明に覚えています。会議室で業務のフィードバックを終えようとした時、彼女が急に黙り込んで、顔を赤らめて私を見つめてきたんです。そして、「徹さんのことが、一人の男性として好きです。付き合ってください」と言われました。

編:その時、徹さんはどう反応されたのですか?

徹さん:正直、耳を疑いました。私は既婚者で、幼い息子がいることも社内で公言していましたし、彼女もそれを知っていました。ですから、即座に、かつ彼女の尊厳を傷つけないように慎重に言葉を選んで断りました。「気持ちはありがたいけれど、私は結婚しているし、家族を愛している。君のことは大切な部下としてしか見られない」と。

編:きっぱりと拒絶されたのですね。

徹さん:はい。その場で関係をはっきりさせることが、彼女のためでもあると信じていました。彼女は「わかりました」と俯いて退出しましたが、私はどこかで「こんなこともあるのか」といぶかしんでいました。しかし、それは長い悪夢の始まりに過ぎなかったんです。


エスカレートする接触。それは「好意」という名の暴力だった

編:断った後、彼女の行動はどのように変化していったのでしょうか。

徹さん:普通なら気まずくなって距離を置くものですが、彼女の場合は逆でした。むしろ、私との物理的な距離を詰めようと、行動がエスカレートしていったんです。

編:具体的にはどのような?

徹さん:例えば、二人きりになったエレベーターの中です。彼女は当然のように私の腕に自分の腕を絡ませ、私の肩に額を載せてくる。「やめなさい、誰が見ているかわからないんだぞ」と引き剥そうとしても、力一杯しがみついてくるんです。

編:職場での行動としては、あまりに異常ですね。

徹さん:廊下を歩いていると、背後から「だ~れだ?」と言って抱きつかれたこともあります。社内のカフェで私が一人でランチを食べていると、頼んでもいないのに隣に座り、「これ美味しいですよ、あ~ん」と言って自分の食べ物を私の口元に運んでくる。周囲には他の社員もいます。私はパニックに近い嫌悪感を覚えましたが、彼女はそれを楽しんでいるかのような、恍惚とした表情を浮かべていました。

編:それはもはや、好意というより「攻撃」に近いものに感じられます。

徹さん:まさにそうです。私にとって、彼女の存在は明確な負担であり、恐怖の対象でした。業務に集中したくても、いつ彼女が背後に現れるかわからない。オフィス内を移動するだけで心拍数が上がる。それは、私の平穏な日常をじわじわと侵食していく、目に見えない暴力でした。


相談しても理解されない職場。「羨ましい」という言葉のナイフ

編:そうした異常な状況を、会社や同僚に相談はされなかったのですか?

徹さん:もちろんです。部署内で妙な噂が立ち始めたので、誤解を解くために本部長にすべてを報告しました。彼女の行動が業務に支障をきたしていること、私自身が多大なストレスを感じていることを洗いざらい説明しました。ですが、返ってきたのは信じられない言葉でした。

編:どのような言葉だったのでしょう。

徹さん:本部長はニヤニヤしながらこう言ったんです。「君がその気にさせたんじゃないのか? 彼女、可愛いじゃないか。少しは優しくしてやれよ」と。さらに、「男がセクハラ被害なんて大げさだよ。むしろ羨ましいくらいだ。軽率な行動で騒ぎを大きくするな」と、逆に私が注意を受ける始末でした。

編:「羨ましい」……。その言葉は、被害者である徹さんをどれほど深く傷つけたことか。

徹さん:同期の連中に相談しても似たようなものでした。「据え膳食わぬは男の恥だぞ」とか「“いい男”はつらいよなぁ」とか。男性が被害を訴えても、誰も深刻に受け止めてくれない。むしろ、私の「能力」や「魅力」の問題にすり替えられてしまう。私はこの時、自分が底なしの孤独の中にいることを悟りました。


逃げ場のないオフィス。身を守るための「徹底した孤立」

編:周囲の助けが得られない中で、徹さんはどのように対処されたのですか。

徹さん:自分で自分を守るしかないと腹を括りました。それからは、オフィス内で一人になる状況を徹底的に排除しました。移動は常に部下を同行させる。彼女と二人きりになるリスクがある通常のエレベーターは避け、人目に付きにくい貨物用のエレベーターを使う。ランチも外食はやめ、デスクでサッと済ませるようにしました。

編:社内の移動すらタクシーを使われたこともあると伺いました。

徹さん:そうです。本社と分室の短い距離移動でも、彼女が待ち伏せしている可能性を考えてタクシーを使いました。滑稽ですよね、自分の会社の中で逃げ回っているんですから。それでも、彼女のアプローチは止まりませんでした。私のデスクに「昨日は冷たかったですね。でもそんなところも好きです」といったメモが置かれていたり、真夜中に何十件も着信が入ったり。緊張の糸は、今にも切れそうでした。


一週間の欠勤。そして周囲へ漏らされた架空の「別れ話」

編:ある時、事態が急変したのですね。

徹さん:はい。ある日から、彼女がパタリと出社しなくなりました。一週間の無断欠勤です。本来であれば部下の身を案じるのが役目なのでしょうが、私は正直、「これでようやく解放される、私の対策が功を奏して彼女が諦めてくれたんだ」と、胸のつかえが取れる思いでした。しかし、それは束の間の安らぎに過ぎませんでした。

編:彼女が復職した後に、何が起きたのでしょうか。

徹さん:彼女が復職した途端、部署内の空気が一変していたんです。周囲の私を見る目が、冷ややかで、汚いものを見るような眼差しに変わっていました。何が起きているのか分からず困惑していたのですが、親しい同僚がこっそり教えてくれました。彼女が休んでいる間、そして復職後、周囲の女性社員に泣きながら訴えていたそうなんです。「センター長に振られた。あんなに愛し合っていたのに、急にひどい捨てられ方をした」と。

編:ありもしない「別れ話」を、周囲に言いふらしていたと。

徹さん:そうです。彼女の作り話は、驚くほど緻密で、感情的でした。私が彼女を誘い、不倫関係に持ち込み、飽きたらポイ捨てした……。そんな物語が、あたかも事実であるかのように部署全体に広がっていました。私がこれまでに築いてきた信頼も、実績も、その嘘の前にあっけなく崩れ去っていきました。


突きつけられた「うつ病の診断書」と、部署全体からの蔑み

編:さらに追い打ちをかけるような出来事が起きたのですね。

徹さん:彼女は「センター長に振られたショックで精神を病んだ」として、心療内科の診断書を提出しました。病名は「うつ病」。その診断書自体は、医師が発行した本物でした。

編:本物の診断書が、彼女の嘘に「公的な裏付け」を与えてしまったわけですね。

徹さん:その通りです。組織にとって、診断書は絶対的な効力を持ちます。「部下の若い女性に手を出してポイ捨てし、精神的に追い詰めて病気にさせた不謹慎な上司」。それが、会社の中での私の定位置になりました。私がどれだけ「事実無根だ」と訴えても、「診断書が出ているんだぞ。彼女がこれほど苦しんでいるのに、まだ嘘をつくのか」と一蹴される。事実とは違う認識が組織の中で固まっていく恐怖は、筆舌に尽くしがたいものでした。


突き放された組織。IPO目前、非情な退職勧告の瞬間

編:そして、最悪の結末を迎えることになります。

徹さん:本部長に呼び出され、会議室に入ると、そこには社長、人事部長、そして顧問弁護士が並んでいました。異様な光景でした。社長が口を開き、冷徹なトーンで私に告げました。センター長としての適格性がない、と。

編:どのような理由を並べられたのですか。

徹さん:当時の会社はIPO(新規株式公開)を目前に控えた大事な時期でした。会社側の説明は、今でも耳に残っています。

「現在、当社はIPOという全社員の命運を懸けた極めて重要な局面にあります。この事案は、部署全体の士気を著しく低下させただけでなく、上場審査におけるガバナンス上の重大な欠陥とみなされます。貴殿がこのまま組織に留まることは、当社の上場維持、ひいては社会的信用において看過できないリスクであると判断いたしました。」

編:本来なら降職で済むはずの事案でも、IPOを優先するために徹さんを「切る」判断をしたのですね。

徹さん:そうです。弁護士同席のもと、その場で退職合意書へのサインを求められました。争う気力も残っていませんでした。その日のうちに部署へのアナウンスが行われ、私は荷物をまとめて会社を去りました。35歳、キャリアの絶頂にいたはずの私は、一瞬にして「不祥事を起こした破廉恥漢」として社会から放り出されたのです。


静かに崩壊する「幸せな家庭」。妻へ真実を語れなかった後悔

編:会社を失っただけでなく、ご家庭にも影響が及んだのですね。

徹さん:退職金として支払われたのは、わずか300万円でした。それからの数カ月間は、記憶がぼんやりしています。朝、どこへ行く当てもなく家を出て、夜遅くに帰る。妻には、事実をうまく説明できませんでした。「女性部下からストーカーのような被害に遭い、会社がそれを信じずに私をクビにした」なんて、あまりに荒唐無稽で、情けない話に思えて……。

編:奥様はどのように反応されたのですか?

徹さん:当然、納得しませんでした。「なぜ急に、しかもこんな不利な条件で辞めたのか? 本当は何をしたの?」と。私はただ「上場のプレッシャーで疲れたんだ」としか説明できず、妻の激しい罵倒を黙って聞くしかありませんでした。

編:沈黙が、逆に奥様の不信感を煽ってしまったのかもしれません。

徹さん:ええ。結局、妻は1歳の息子を連れて実家に帰ってしまいました。それから半年ほど話し合いを重ねましたが、溝は埋まらず、11月に離婚が成立しました。36歳の秋でした。仕事も、家族も、誇りも、すべてを失いました。私の手元には、誰もいない静かすぎる部屋と、わずかな貯金だけが残されました。


自責の念とうつ病。河原で夕陽を眺めるだけの半年間

編:すべてを失った後の生活は、どのようなものだったのでしょうか。

徹さん:夜が来るのが怖かったです。目を閉じると、彼女の笑い声や、社長の冷酷な声、妻の泣き顔がフラッシュバックする。全く眠れなくなり、食欲も失せました。ようやく受診した心療内科で、私自身も「うつ病」との診断を受けました。彼女の「嘘のうつ病」によって人生を壊された私が、皮肉にも「本物のうつ病」になったんです。

編:半年ほど、無気力な状態が続いたそうですね。

徹さん:ええ。ただただ、死んだように生きていました。でも不思議なもので、人間はそれでも腹が減り、太陽は昇るんです。毎日、ふらふらと近くの河原まで歩いていき、土手に座って、ただ落ちていく夕陽を眺めていました。何をするでもなく、ただ「存在している」だけの時間。それだけが、唯一の救いでした。


ティク・ナット・ハンの教え。執着の鎖を解いた「インタービーイング」

編:その暗闇の中で、一冊の本との出会いがあったと伺いました。

徹さん:たまたま入った古本屋で手にした、禅僧ティク・ナット・ハンの般若心経の解説本でした。そこに書かれていた「インタービーイング(相互存在)」という言葉が、私の乾ききった心に染み込んでいったんです。

編:具体的に、どのような教えだったのですか。

徹さん:彼は紙を例えにしてこう説いていました。

「たとえば、一枚の紙を考えてみてください。この紙のなかには、雲が入っています。雲がなければ雨は降りません。雨がなければ木は育ちません。木がなければ紙は作れません。太陽の光も、農夫の汗も、すべてがこの紙のなかに『存在』しています。だから、紙は『自分という独立した実体』を持ってはいません。紙は他のすべての要素と『共に存在(Inter-be)』しているのです。」

編:自分という存在は、単体で成り立っているのではない、ということですね。

徹さん:はい。この考えに触れた時、私は救われたような気がしました。彼女(良子さん)への怒り、会社への恨み、自分への情けなさ。それらはすべて、「私」と「あなた」、「内」と「外」を明確に区別し、執着していたからこその苦しみだったのではないか。すべては繋がり、巡り合っている。そう思えた時、他人への刺すような怒りや、自分を責める分離感が、少しずつ和らいでいったんです。


再生への一歩。大手食品メーカーで見つけた、新たな「やりがい」

編:そこから、少しずつ社会復帰への道を歩み始められたのですね。

徹さん:ええ。しばらくして、昔の仕事仲間が声をかけてくれました。彼のつてで、現在の大手食品メーカーのCX部門に就職することができました。最初は嘱託のような形でしたが、地道に実績を積み、今は再びチームリーダーとして働いています。

編:現在は、どのようなお仕事をされているのですか。

徹さん:顧客満足度(CX)をいかに向上させるか、そのための戦略立案やチームの育成がメインです。かつてのIT企業での経験が、今の現場でも大いに活きています。もちろん、昔のような野心はありません。でも、目の前の顧客の声を聞き、メンバーがやりがいを持って働ける環境を整えることに、新たな喜びを感じています。過去の出来事は消えませんが、それでも私は、仕事を通じて社会と繋がっていられる。その事実に感謝しています。


今、彼女をどう見ているか。「自分を主演にしたドラマの俳優」として

編:今、振り返って、良子さんのことをどう思われていますか?

徹さん:……そうですね。長い間、考え続けてきたことです。

徹さんは少し視線を落とし、言葉を慎重に選びながら続けた。

徹さん:私は彼女にとって、彼女が主人公の恋愛ドラマを引き立てる俳優みたいなものだったと思います。私には妻子もいましたし、まさか彼女が主演するドラマの登場人物に抜擢されるとは思わなかった。しかし、むしろ私のような妻子ある人物の方が、彼女の夢見る“ドラマ”を盛り上げるには適役だったのでしょう。妻子ある男性に恋をしてしまった悲劇のヒロインである彼女は、私がその“ドラマの世界”になかなか入ってこなかったため、プツン、と糸が切れてしまった。

好意が憎しみに変わるのはよくあることです。私が地に堕ちるのを見たかったのかどうかは分かりません。もしかしたら、私が会社を去ることになるほど大事になるとは思っていなかったかもしれない。ただ、私が彼女の思う通りに動かなかったこと。それが彼女にはショックだった。これが一番の問題点だったと思います。今は彼女が地に足の着いた恋愛、あるいは結婚をしていることを祈るしかありません。


男性被害者が見えにくい「逆セクハラ」という社会の死角

編:徹さんの体験は、極めて特殊なケースのように思えますが、実は潜在的な被害者は多いのではないかと感じます。

徹さん:そう思います。世間一般では、セクハラといえば「男性から女性に」行われるものという固定観念が根強い。だから、男性が被害を訴えても「男のくせに情けない」とか「喜ぶべきだ」といった反応が返ってきてしまう。男性の被害は、非常に不可視化されやすい構造があるんです。

編:社会の認識が、まだ追いついていないのですね。

徹さん:今後、少しずつ変わっていくと信じたいですが、現時点では男性の被害者は圧倒的に孤独です。声を上げれば上げるほど、自分が滑稽に見えてしまう。でも、被害に性別は関係ありません。一人の人間の尊厳が踏みにじられ、人生が狂わされる。その事実に、もっと社会が真摯に向き合ってくれることを願っています。


【なぜひとりを選んだか】壊してしまった夢を抱えて、未来を歩く

編:現在、徹さんは独身を通されていますね。元妻や息子さんへの思いをお聞かせいただけますか。

徹さん:今でも、元妻と息子のことは心から愛しています。でも……自分の危機管理能力の欠如が、あの幸せだった家庭をバラバラにしてしまった。その事実は、私の中で消えることのない十字架です。本来なら、父母が揃った家庭で息子を育ててあげたかった。それが息子にとって、何よりの幸せだったはずですから。

編:後悔の念が、今もおありなのですね。

徹さん:「幸せな家庭を築きたい、わが子を幸せにしたい」という私のささやかな夢は、あの日、壊れてしまいました。そして、それを壊したのは、他の誰でもない私自身だと思っているんです。彼女の異常性を見抜けず、組織の不条理を読み違え、家族を説得できなかった。その責任を、私は一生背負っていく覚悟を決めました。

編:それが、今の「ひとり」という選択に繋がっているのでしょうか。

徹さん:過去はやり直せません。起きたことは変えられない。変えられるのは未来だけです。家庭を持つこと、子を育てることは、私の中で「失敗した」こととして「過去」という箱に仕舞っています。失敗と過去、そして現在は、他のすべての要素と『共に存在(Inter-be)』している、それだけが真実です。

かつての苦しみ(泥)があるからこそ、今の静かな生活(蓮の花)が咲いている。泥と花は別々のものではなく、共に存在しているのだ……そう思えるようになったのは「成長」といえるかもしれません。

週に数回、息子とスマホで話をするんです。スマホ越しに見る息子の成長、それが今の私の生きがいです。形は変わってしまいましたが、遠くから彼を見守り続ける。その適度な距離感のある「ひとり」の時間が、今の私にはちょうどいいのかもしれません。


編集部後記

徹さんの話を伺いながら、何度も言葉を失った。男性がセクハラ被害を訴えることが、これほどまでに困難で、かつ過酷な代償を伴うものなのか。それは、単なる個人の人間関係のトラブルではなく、組織の理解不足や、「男性は強くあるべき」「男性は性的な誘いを喜ぶもの」という性別役割の固定観念が生んだ悲劇と言える。

被害に遭った男性が声を上げても、軽んじられ、嘲笑され、さらには加害者に仕立て上げられてしまう。そのような構造的な不備が、今もどこかで誰かを追い詰めているかもしれない。

徹さんは今、深い孤独を抱えながらも、CXリーダーとして、そして一人の父親として、静かに、しかし力強く前を向いている。彼の穏やかな微笑みの裏にある壮絶な過去を思うとき、私たちは「被害は性別に関係なく起こる」という当たり前の視点を、今一度胸に刻まなければならないと感じた。

(取材・文「ひとりのレッスン」編集部)


※お送りいただいたメッセージは、編集部にて大切に拝見いたします。

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ひとりのレッスン編集部

「ひとり」は弱さではない。 けれど、弱さでもいい。 人生の午後を歩む、40代・50代のあなたへ。

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