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肩書きを捨て、父として生き直す。
かつて背負っていた数百人の期待と、数億円の数字。それを手放した瞬間に聞こえたのは、深夜の街に響く静かな風の音でした。
46歳、元営業部長。順風満帆に見えた人生の歯車が狂い始めたとき、雅人さんは逃げるのではなく「降りる」ことを選びました。それは、ひとりの父親として、そして一人の人間として呼吸を取り戻すための、静かなレッスンの始まりでした。
46歳、元営業部長が「地域の相談員」として見つけた、評価されない時間の豊かさ
雅人さん(仮名・46歳) 大手企業の営業部長として多忙を極める日々を送る中、43歳で妻の不倫が発覚。離婚、親権の調停を経て、長年勤めた会社を退職。現在は都内で地域の非常勤相談員を務めながら、滋賀県で暮らす娘との交流を唯一の指針として「ひとりのレッスン」を続けている。
第1章:深夜のポストに投じられた「決意」
都心から少し離れた、静かな住宅街。雅人さんの今の住まいは、かつての部長職に見合う高級マンションではなく、生活の体温がほどよく伝わる質素なワンルームだ。朝5時、彼は決まって目を覚ます。かつて、鳴り止まないスマートフォンの通知に追い立てられていた朝とは、全く違う静寂がそこにはある。
聞き手(以下、編): 今の生活に移られてから、1年以上が経ちましたね。まずは、以前の「部長時代」の生活について少し教えていただけますか。
雅人さん: 以前は……そうですね、一言で言えば「数字と評価の化け物」でした(苦笑)。営業部長という立場上、常に達成率を気にし、部下のマネジメントに奔走し、会食で深夜に帰宅する。家族が寝静まった後にリビングでパソコンを開くのが日常でした。自分の価値=会社の成績。そう信じて疑わなかったんです。
編: その生活が、43歳の時の出来事をきっかけに崩れ始めた。
雅人さん: はい。妻の不倫が発覚し、そこから世界が反転しました。僕は関係を修復したいと願いましたが、妻からは離婚を突きつけられた。調停を経て、娘は彼女の実家である滋賀県へ行くことになりました。あの時、仕事でどんなに成果を出しても、自分の一番大切な場所を守れなかったという無力感に、全身を叩きつけられたような気がしました。
編: そして、44歳で離婚。その直後に退職という大きな決断をされました。
雅人さん: 離婚の手続きが終わり、娘を送り出した後、ふと鏡を見たんです。そこにいたのは、部長という肩書き以外に何も持たない、空っぽの男でした。もう、この席にはいられない。そう思いました。
雅人さんは、あの夜のことを今でも鮮明に覚えているという。
雅人さん: 辞めるための退職願を、自宅の机で書きました。筆ペンで自分の名前と「一身上の都合」という文字を記した時、手が震えていた。でも、その震えは恐怖ではなく、解放に近いものでした。深夜、コートを羽織って外へ出ました。街灯の下にぽつんと佇む赤いポスト。そこに退職願を落とした時、「コトン」という小さな音がしたんです。その瞬間、何年も背負ってきた重いリュックサックを、ようやく地面に置けたような気がして。深夜の冷たい空気が、驚くほど美味しく感じられました。
第2章:失うことで手に入れた「贖罪」の時間
編: 大企業の部長というキャリアを捨てて、地域の「相談員(非常勤)」になる。周囲からの反対も多かったのでは?
雅人さん: もちろん、元上司や同僚からは「もったいない」「頭を冷やせ」と何度も言われました。でも、ある元上司が最後にかけてくれた言葉が、僕の背中を押してくれたんです。「雅人、お前は今まで『誰かのための正解』ばかりを解いてきた。これからは『自分のための間違い』をしてもいいんじゃないか」と。
編: 素敵な言葉ですね。なぜ「地域の相談員」という、全く別の道を選ばれたのでしょうか。
雅人さん: 相談窓口に来る方々は、みなさん何かしらの痛みを抱えています。かつての僕のように、自分を責めたり、行き場を失ったりしている。そんな人たちの話をただ聴くという行為が、今の僕には必要だったんです。
雅人さんは、穏やかな口調で続ける。
雅人さん: 退職した理由の一つには、贖罪(しょくざい)の気持ちもありました。部長という仕事に忙殺され、妻の孤独に気づけなかった。家族を幸せにするために働いていたはずなのに、その働き方が家族を壊していた。今の「相談員」という静かな仕事を通じて、誰かの心に寄り添うことは、かつての自分への反省でもあるんです。
第3章:30分のビデオ通話が、僕を「父」にする
編: 現在、娘さんは滋賀県。距離はかなりありますが、どのように繋がっているのでしょうか。
雅人さん: 平日の夕方、18時半から30分間。ビデオ通話をするのが僕たちの「約束」です。以前は一ヶ月に一度も顔を合わせられない時期があったことを思えば、今の30分の方が、僕たちはよっぽど深く繋がっています。
編: 具体的に、どんなやり取りを?
雅人さん: 今日学校であったこと、今流行っているゲームの話……。なんてことない会話です。でも、僕にとっては命綱のような時間です。養育費は口座振替にしていますが、ボーナスが出たときは、彼女の好きな本や画材を贈るための「追加仕送り」をします。これは義務ではなく、僕が「父でありたい」という意志の表明なんです。
編: 雅人さんにとって、離れて暮らすことで「父性」に変化はありましたか?
雅人さん: 以前は「いい学校へ行かせる」「不自由のない生活をさせる」といった、経済的な提供こそが父親の役割だと思っていました。でも今は違います。毎日、彼女の話を否定せずに聴くこと。彼女が送ってきた何気ない空の写真に、僕の散歩道で見つけた花の写真を返すこと。そういう「日常的な行為の交換」こそが、父親であることの本質だと気づきました。
編: しかし、現実には複雑な感情も絡むと思います。例えば、画面の向こう側の生活……元奥様やその周囲の存在が、この時間を阻もうとすることへの不安はありませんか?
雅人さん: 正直に言えば、あります。画面越しに娘がふと横を気にしたり、言い淀んだりする瞬間、そこにある「僕以外の気配」に胸が締め付けられることもあります。相手方からすれば、僕の存在はノイズ(雑音)かもしれません。でも、そこで感情的になって権利を主張し合えば、一番傷つくのは娘です。
編: その「雑音」に、どう立ち向かっているのでしょうか。
雅人さん: 立ち向かわない、という選択をしています。僕はただ、彼女が笑って『パパ!』と呼んでくれるこの30分間を、聖域のように守るだけ。外側の不条理や嫉妬、言いようのない不安は、僕がひとりで引き受ければいい。それもまた、今の僕にできる「父親」としての役割だと思っています。どんなに景色が変わっても、僕が彼女の父親であるという事実だけは、誰にも上書きできませんから。
【編集部注:面会交流権について】 面会交流は、親のためだけではなく、子どもの健やかな成長のために認められた「親子の権利」です。たとえ親同士の感情的な対立や、再婚相手などの第三者の意向があったとしても、正当な理由なくこれを拒否したり、制限したりすることは本来許されるものではありません。
第4章:傷を癒すための「ひとり」という薬
編: このメディアのテーマでもある「ひとり」という選択について伺いたいのですが、雅人さんにとって今の孤独は、どのような意味を持っていますか?
雅人さん: 孤独は「寂しさ」ではなく「薬」だと思っています。離婚して、仕事を辞めて、自分を全否定したくなるような傷を負いました。その傷を癒すには、他人の評価や賑やかな場所から離れる時間が必要だった。
編: 無理に新しい誰かを探したり、活動的になろうとはしなかった。
雅人さん: はい。傷は、焦って触れば触るほど深くなります。ひとりで静かに座り、朝の光を感じ、自分の心に湧き上がる後悔や悲しみを、ただ眺める。そういう「何もしない時間」を自分に許したことで、ようやく呼吸が楽になりました。
雅人さんは、自身の体験を臨床心理士の言葉を借りてこう補足する。
「大きな喪失を経験した後、意図的に周囲と距離を置き、小さなルーティンに没頭することは、精神的な自己治癒能力を高めるために極めて有効な戦略です。外部の評価軸を遮断し、自分の内側のリズムを取り戻す期間が必要なのです。」(編集部取材・臨床心理士の一言)
第5章:雅人さんの「ひとりのレッスン」
ここで、雅人さんが毎日欠かさず続けている「小さな習慣」を具体的に教えてもらった。かつて何億円ものプロジェクトを回していた彼の「ToDoリスト」は、今、驚くほどシンプルだ。
1. 朝5分だけの「目的のない散歩」
「仕事へ行くためではなく、ただ風を感じるために歩きます。季節の移ろいに気づけるようになったことが、今の僕のささやかな自慢です」
2. 寝る前の「3つの振り返り」
「どんなに最悪な日でも、寝る前に『今日できたこと』を3つだけ数えます。『昼休みに本を一頁読めた』『コンビニの店員さんに笑顔で挨拶できた』『娘と笑い合えた』。この3つを思うだけで、自分を許して眠りにつけます」
3. 手間をかけた一杯のコーヒー
「豆を挽き、お湯の温度を確かめる。以前は流し込んでいたコーヒーを、今は『味わう』。この数分間が、自分を大切に扱っているという実感を与えてくれます」
第6章:できる人でなくてもいい、という勇気
編: 最後に、かつての雅人さんのように「部長」や「肩書き」という重圧の中で、自分を見失いそうになっている40代・50代の男性へメッセージをいただけますか。
雅人さん: 多くの男性にとって「できる人でなくなること」は、死ぬことと同じくらい怖いことかもしれません。僕もそうでした。でも、肩書きを外した後に残る自分は、思っていたほど惨めではありませんでした。
雅人さんは、少しだけ表情を緩めて、こう締めくくった。
雅人さん: 営業部長として大きな成果を出すことよりも、地域のお年寄りの話を丁寧に聴いて『ありがとう』と言われること。遠くの娘と、たった5分、心が通じ合うこと。そんな小さな役割の中にこそ、消えない価値があると僕は思います。完璧であることを諦めて、小さな誠実さを積み重ねる。それが、僕が見つけた生き直しのコツです。
編集部後記
雅人さんの言葉には、一度「死」を迎えたプライドを、自らの手で丁寧に埋葬した人の清々しさがありました。 私たちは、社会から「もっとできるはずだ」「もっと価値を出せ」と常に急かされています。しかし、雅人さんのように、あえてその評価の土俵から降り、生活のサイズを小さくし、「ひとり」の時間で自分を養うことは、決して敗北ではありません。
むしろ、それは「自分自身の人生」というハンドルを取り戻す、最も勇気ある行動ではないでしょうか。
(編集部/ひとりのレッスン)